06/09/2018

 

 

朝早起きする

昨日からインターンが始まってるので早起きさせられてるというのが正しいのですが

まあしかし、案外できているのに驚きを隠せませんな

 

知ってる人もグループに居るし、とりあえずはできそう

あと二週間がんばろー

家に帰ってくるのが19:00からやから案外時間あると思ってたのに

疲れた~として、ご飯風呂を済ませて英語して休憩したら23:00…

え??となる

 

ぼ~っとしてる時間タフになりつつ減らすしかない

携帯見たりとかテレビ見たりとかね

 

今日せねばならぬことを残してたのは自分のせいなので気張っていこう…

とりあえずやる

 

 

02/09/2018

 

起床 夜ご飯が腹に残ってたので 朝飛ばして昼飯にそば

適当にギターを弾き歌って日中を過ごす

こんなつもりでは・・・・と思いながらバスとか電車とか先の予定を調べられたので良かった

夕方からメガネやコンタクトを買いに行ったり、シャツを見たりした

今日は皆で餃子を包む予定が、時間遅くまで引きずり買い物をしていたせいで、お惣菜を閉店間際のスーパーに駆け込んで買うの巻だった

実家にいると腹八分で止めたいのに、めっちゃ食べてしまうんだよな~

 

さて毎日ぼんやりと言語やってるけど、もっと実用的に推移していかねば

なんとなくじゃだめなのよ・・・聞こえるけど理解出来ないのなんなんだ

 

明日は早く起きるぞ~

 

 

25/08/2018

 

今日も起きた際は機嫌が悪かった

それに加え、私の正当な主張に対し母からの理不尽な言葉なき圧力を受けダウン

まあ母も機嫌が悪かったんだろう と今は思えるけども

 

ずっと頭が重くしんどい 雑音 生活音 気配 介入

避けられないこと、避けることが不自然になってしまうようなどう仕様もない普通なことがしんどい

外に出たいけれど、お金をつかうのも嫌だし、外に出なかったことを聞かれるのも嫌だし もう何もかんもほっといてくれ という気持ち

 

ほっとかれることが許されてほしい ほっとかないとしても

映画を見ても水を差される

環境を変えようとしてもそれがバレると心配される

 

体調が悪くなる 気分が悪くなり急に泣き出す権利をくれ

悲しみ思い出し これも人生の経験だとは思えず打ちひしがれることを許してくれ

ギリギリで綱を渡るように生きることを手放しで見守ってくれ

私の思考が 惰性の日々それは誰かの愛すべき日常によって、遮断される

少なくとも今は 

 

静寂をください

私のすべての行動の連鎖に意味があるのだと感じるのならばそれは勘違いです

何かがわかるのだとして、対処しようと思うのであればそれは何もわかっていない

 

映画を見た

みんないたから何も言いたくなかったけど

キラキラした平行世界を、同時にそれは無意味であり、一番大事でもある

主人公たちが思い出す瞬間

交わらないこと それがなんともなく進んでいくこと

みんな踊り続けれること

よかった

踊りを止めなくてもみんなの幸せは続けられる

強くしなやかに生きたい

 

今日ははよねれたらいいなーとおもいつつ書類作るか

 

 

23/08/2018

 

朝起きる 体が寝床にへばりつくような不可抗力のだるさは改善されてきたような気がする それでもいかんせん機嫌が悪く申し訳ないのであった

 

美術館に送ってもらって、帰りに少し買い物をして帰る

昼ごはんからは(15:00くらいにたべた)あんまり何もしていないな 台風のために皆が帰ってきていて変な感じだった

 

わがままと言われればそれまでなんだけど、

私は、プライバシーが脅かされるような、それでいてその種の親しみ(私にとってはもちろん親しみでも何でもなく、ただ脅かされている感覚)を家族の当たり前の行いとしてされるのが本当に昔から嫌いで一人暮らししたかったんだ、ってことを不意に思い出される日だった

 

そして同じテレビ番組を見ているときに感じる不協和音のようなズレと面倒くささ

特に家族や病気、倫理観をときに問われるようなこと

最終的に感動したり泣いたり、感じるところは一緒だったとしても、それまでの過程での疑いや、例えば本当にこれは正しいことなのか泣くことなのか、誰も傷ついてはいないだろうか、伝える側の意図が入りすぎていないかとか、そういう部分をつぶさにできるだけ平等に自分の目で見たいだけなのに、時々答えを間違えると薄情者のような扱いを受ける

 

それでいて私も黙っていることができないので、ズレに合わせるように話す

自分が何を考えているのかわからなくなってくる

 

黙っていたら難しい子だから…というはれもの扱いを受けるし

というか、腫れ物でも本人に腫れ物と言わない(その上感じさせない)優しさ?覚悟を持ち合わせてほしかった

 

全てがひねくれている ネジ曲がっている

 

ああ、しかし、ずっと辛かったこと話して楽になってきていると思っていたけど、最近はもうなんの薬にもならなくなってきて、もはや話している自分が軽率に思えて気持ち悪く、気持ち悪いのに自重もできず、それでもなお勝手に自分自身の虚像(思ってるよりそれが実像なのかもしれんが)に縛られてどこにもいけないのが苦しい

特別なもの、ことを、共通の認識に落とし込まないでほしいという気持ちが強すぎる

もはや私の持つ全ての言葉を持ってしても(言葉はそもそも記号でしかないし)この脳内スペクタクルはしゃべれないような気がする

 

この前人と喋っている際に、その自分から離れていく感じが、辛いことを和らげるという感覚らしいということを知った その時の真剣な自分を私はいつまでも笑うことができない 自虐などしたくない 言葉の端々や勝手に特別な過去を予測されたくない

というか話すまで待て 予測できていたとしてもとしても初めて知ったような顔をしろ うんうんやっぱりそんなことかなーとは思ってたよとか言うな と思ってしまう

みんな辛かったり悩んでたりするから大丈夫、が一番あ、そうですかってなる やはりこの痛み、苦しみは自分から解き放つことなどできないと絶望するだけ

そこで私は話す相手を間違えたな、とか思う 思いつつしゃべるのは自己責任

 

なぜこんなに生きて自分の機嫌の直し方すらわからない?

寝よう

18/08/2018

 

旅行中全然日記を書くきにもならなくて今

帰国後はじめての日記

なんだか怒涛の旅行だった いろんな事があったよなーまじで

弱くなったり、強くなってみたり 女っぽくしてみたり、男っぽくしてみたり

 

日に焼けて帰ってきました

また10月から二ヶ月ヨーロッパに戻ることになるプログラムを選択したのだけど、

とりあえずは9月から始まる全てのことのために、全力で英語を整えていかねばなるまい 論文のことも考えたいし、絵の道具も買ったし、フランス語も落としたくないし、お金のことも考えないとだし、遊んでる暇などないのかもしれない

 

部屋の片付けもすんでないのにあそんでるから怒られた

そういえばしばらく付き合っていた人とバイバイしたんだった

事実はこうだけど、胸の内はもっと複雑だ~

楽しかった 良い経験でした

しかし心に形を与えられない

皆なぜ生きれる 進める

やることいっぱいあるように見えるけど、何が一番核にあるのか私もわかっていない 社会でもいいから求められたいのかな 働くとか結婚とか わかりやすいものに所属するとりあえず とりあえずでいいわけない

何がしたいのか何を考えているのかますます最近迷子

しゃべると気持ちが希薄になる一方

ある物事をしゃべるときに、表面だけなぞっている(ように思えてくる)自分に嫌気が差す

そういうことやめようって何度も決めたのにやめれん

環境のせいにしない2018 何かを選べることだけが個人の自由だ

 

あと少しやったら寝よう 今日眠くて時差ボケ良い感じ

03072018

 

片付けぐいーっと進めて、夜はベルギー日本戦をベルギーの友達と見る、しかもすごいガヤガヤしてるバーでというイベントだった

 

数人はいつも遊んでもらっていたメンバーで、残り知らん人というかんじ

試合自体とても面白くて楽しかった

前半はブーイングがすごくて(個人でにではなく)、友達が耳をふさいでいてくれたけど、点数が入るごとに彼も私を庇う余裕もなく威嚇してきてたの面白かった

 

後半はみんなの盛り上がりが凄くて、ビールでびしょびしょ

周りは皆ベルギーの人々であったので、トイレとかに行くとごめんなーって言われてへへへいい試合ですねと和気あいあいとした

結局負けて、落ち込んでたけど

皆に励まされつつ、ベルギーにも愛着はあるので、すぐに元気を取り戻したのであった

tu es une petitte belge japonais といわれ嬉しかったし結局上機嫌

紙吹雪の中移動しつつ、まずはジャムセッション

ジャムセッションはそんなに良くなかった(いつもと雰囲気が違うのもあって)けど、なんせ最後に演奏が見れたのが良かった

のちに試合の時に隣に居合わせた方々のお家にお邪魔する

めちゃくちゃいいとこだった・・・・

しかもひとりめっちゃイケメンやったし・・・・

 

それでみんなとお別れ

一人ひとり特に仲良くしてくれた人たちとぎゅーっと入念にハグをして、最後のビズ

今日引っ越し終わったらみんなでビールでも飲み行こうよって言ってたけど

約束はしっかりできないし、なんて言っても口約束だし笑、最後になる可能性のほうが高いのはわかっていたから曖昧に返事をした

いつもの癖でa bien tot / a la prochenneといわれると違うんだよと返事するの、嬉しくもあり悲しいモーメントだった

 

それからギターめちゃうまな尊敬する彼と歩いて帰る

家の方向が私とは違うのわかっていたので、橋の袂までお願いして、そこでさいなら

橋渡るよと言われたが、多分渡ると泣いちゃうと断る 嘘だけど

別れ際に私がどんだけ君のギターが好きか熱弁できてよかった

良い演奏のたびに、包み隠さずよかった!!!!!!!!!!!!!!!!ってなるし言うから、いつも照れてはにかんでいて、いつものおしゃべりで頭のキレる彼を思うと、なお人の良さがわかるな 最後まで照れてへへへありがとうとだけ言ってた

 

一人で家に帰って、朝の四時くらいに眠りにつく

私の友達は、みな男の子ばかりで、私にも仲間!という感じで接してくれて嬉しかった

元々、私は男の友情みたいなものに憧れてて、というのも、女の子というのは自分と他人の線引が結構冷酷になされていて、人情が厚いという表現からは遠ざかるんだよな

仲間然としていない 何かを目的として組まれたチームといったほうがいいのか 面白さであり、可愛さであり、共通の語りであり…その聖域は一度組まれると結構固く閉ざされて結構めんどくさかったりする 人数が増えると特に、一個人としてではなく、グループの総意の中点をとろうとする流れになるので、結局誰も満足できてないみたいなことが生まれたり

ってのもあり、そもそも私は多くても三人くらいまでとしか女の子と一緒に過ごすことはない気がする 他は全部一対一

 

片付けがまだ終わってないのでこのへんでサクッと終えて、

洗濯物を取りに行ってきていた

洗濯屋さんのおっちゃんおばちゃんと乾燥機を待つ間におしゃべり

フランス語を褒めてもらって、明日ここを出ることを伝え、延長戦でおしゃべり

ビズとハグをして(おっちゃんは三回もしてくれた!普通二回やのに)

フェイスブックとメールアドレスを交換して、戻ってきた

帰り泣きそうになった これはホントの意味でノスタルジックになった

 

私はかなり自分の過ごしてきた一年を悔やんできたけど、それでも、

こうやってつかめるものは引き寄せられていたのかな、と思った

しかし、好機はいつだって目の前にあって

本当は遅いとか早いとかなくて、少しの勇気だけですべては掴める

手繰り寄せて、どれだけ近くに持っていても、掴むことを恐れたり、なにか来るのを待っているのは何にもならないということ

先日の日記で反省した内容での本能はしっかり無意識下で働けていて、

私を助けてくれていた

 

辺鄙な国の正体不明の娘に優しくしてくれて、会話を続けてくれてありがとう

一度通り過ぎただけになってしまった(私がある種恐怖のために放棄してしまった)人たちにも、感謝を伝えたいな

みんなみんなだいすきだ…